鰹節の歴史

September 10, 2009Posted by Someone

 

鰹節の歴史について述べます。
鰹自体は古くから日本人の食用となっており、縄文時代にはすでに食べられていた形跡がある(青森県の八戸遺跡など)。5世紀頃には干し鰹が作られていたとみられるが、これらは現在の鰹節とはかなり異なったものであったようだ。
宮下章氏が、『鰹節考』の中で「カツオほど古代人が貴重視したものはない。米食中心の食事が形成されて以来、カツオの煎汁だけが特に選ばれ、大豆製の発酵調味料と肩を並べていた」と述べているように、カツオが古代人にとっては最高の調味料だったといえる。
飛鳥時代(6世紀末-710年)の701年には大宝律令・賦役令により、この干し鰹など(製法が異なる「堅魚」「煮堅魚」「堅魚煎汁」に分類されている)が献納品として指定される。うち「堅魚」は、伊豆・駿河・志摩・相模・安房・紀伊・阿波・土佐・豊後・日向から献納されることとなった。
現在の鰹節に比較的近いものが出現するのは室町時代(1338年-1573年)である。1489 年のものとされる『四条流包丁書』の中に「花鰹」の文字があり、これは鰹産品を削ったものと考えられることから、単なる干物ではない、かなりの硬さのものとなっていたことが想像できる。